日本に帰国してから、ずっと思い続けながら行動に移せずにいましたが、やっと、ブログを新たに開設いたしました!こなな日記@ベルリンというタイトルも残しておきたいので、旧ブログとしてNEWブログからリンクもしておきます。新しいブログはコチラです♪
先日のブルックナー8番の本番後、ミーハーな私とタラちゃんは、下野さんの楽屋へ押しかけ、写真をとってもらいました。笑
![]() 素敵な下野さんと♪ ブルックナーが終わり、翌日は、ヴァイオリンの調子が悪いホンキュン君と京都のO野さんの工房を訪れました。日本の弦楽器界では有名なO野さんの工房ですが、現在は息子さんのTさんが引き継がれ、楽器をみてくださいます。ベルリンにいたころは、Tさんがパリで働いていたので、楽器の調子が悪いときは、ベルリンからわざわざパリまで飛んでいったりもしてましたが、今は、京都の北の遠い工房とはいえ、いつでも行けるからいつも楽器の状態を最適にしておける環境に感謝です♪ ![]() 工房にて。私のチェロ君も鳴りがおかしいと思ったら風邪気味でした。。。 楽器を預けている間に、紅葉の時期って事で、行ってみたかった嵐山に散歩がてらに行ってきました!今年は異常気象のせいかまだ紅葉しきっていなかったけど、絶景をみることができて心がなごみました。嵐山、美しいですね。 ![]() 紅の天女が出てきそうな、はたまたなぜかスイスのアルプスのような風景でした。 それから、翌日は実家に戻り、大阪の地元の小学校へ、富田林文化振興財団さんと共にコンサートをしにいきました。今回の小学校もみな、本当に真剣に音楽に聞き入ってくれました。この小学校のコンサートでは、子供達の感動する顔や好奇心いっぱいの顔に、こちらはいつも逆に音楽をやっている意味に気づかされます。本当に皆とても可愛いし、たくさんの疑問を投げかけてくれます。 音楽家として、こういった活動をさせてもらえるのはとても有り難いです。これから、地域創造さんの方でも、活動を開始いたしますので、また日記に綴っていこうと思います! さて、今週のHPACオケは仙台フィルさんと京都市交響楽団さんと合同で、我らの芸術監督、佐渡さんの指揮で一万人の第9です!!今日は早速リハがあり、たくさんの方達との再会があり、とても嬉しかったです♪とくに、関西のステマネさんや、楽器の運搬会社の方など、コンサートを裏で支えて下さる関係者の方々はみな、8月の父の追悼コンサートの時に、勢揃いでコンサートを支えてくださった方々。あの時の心強さというか、暖かいお気持ちに涙したのを覚えています。そんな方達とまた再会でき、そして経験豊富なオケの方達に混ざって演奏出来る事は本当に楽しく、有り難いことです。 そしてベートーヴェンの第9はやはり偉大です。本当に神々しい。喜びのうたの部分が特にドキドキします。若干指が間に合わないくらい難しい箇所もありますが、(焦;)張り切って頑張りまぁーす! 明日からのリハは大阪城ホールです。10000人って。。。想像がつきません。。。なくし物しそうなイヤな予感。。。笑 兵庫県立芸術文化センター管弦楽団部(略称・HPAC)に入団して一ヶ月半が過ぎました。 あまりにもたくさんの人に出会い、あまりにもたくさんの新しい出来事があり、本当に濃い日々を送らさせて頂いています。それにしても、このオーケストラは35歳という年齢制限がある若者オケなので、なんだか、学生気分から抜け出せません。笑 先月は福知山で出張コンサートもありましたが、大型バスでの移動は、お菓子とトランプと笑い声が飛びかっていたし、修学旅行かと思いました。笑 いろんな国の人がいておもしろいし、オケのメンバーもオケの事務局の方達もスタッフの方達も、皆さんほんとにいい方達ばかりで、とても恵まれた環境です♪ お仕事をしているわけだけど、お仕事がこんなに楽しくていいのか!?と思えてくるほどです。 楽団の社宅(?)は宝塚市の安倉団地という所にありますが、オケの団員ほぼ全員がそこに住んでいるので、朝も仕事帰りも、わいわいガヤガヤみんなといつも一緒。笑 特に、朝、数本しかない接続のいいバスは小型バスなので、オケのメンバーがぎゅうぎゅう詰めになる始末。HPACオケ専用バスみたいです。笑 そしてオケの外国人メンバーたちは皆一生懸命日本語学校に通い、日本語の勉強に励んでおります。 私も、ドイツで同じ事をしていたなぁ、と逆の立場になって見てみると、微笑ましく思えます。 すでにカタカナを読めるクラリネットのカルメン君は、西宮ガーデンズのアイスクリーム屋さんの前で、メニューにあった、パリパリチョコソースの”パリパリ”という新しい単語を覚えて、その響きが気に入ったようで、嬉しそうにパリパリチョコソースを注文しておりました。笑 ![]() これがうわさのパリパリチョコソースがけ、めちゃ美味でした♪ それから、ヴィオラ奏者で同じくニューメンバーのイスラエル人、セルゲイ君は苗字がタラシャンスキーというので、通称はタラちゃんです。オケ一の巨人?なのにあだ名は可愛いタラちゃん♪ 日本人よりも慎ましいくらい謙虚なタラちゃんはチェンバーの仲間でもあります♪これからオケの外でも、共に活動をしていく予定なので、宜しくお願いします♪タラちゃんの足のサイズは靴箱にははいらないくらい巨大で、日本のXXXLのお店でも靴はかえないそうです。。。。気の毒すぎる。。。ちなみに”パリパリ”の写真の奥にうつっているのがそのタラちゃん。 そんなこんなでいろんなガイジンズに囲まれ、とても楽しく微笑ましい毎日を送っております。 ドイツ語を話せる人がほとんどおらず、英語のネイティブが多いので英語漬けの毎日。忘れ去っていた英語をまた思い出すのにいい環境です。英単語の勉強、頑張ります〜。 それから佐渡さんの人気はもちろん絶大でベルリンフィルもびっくりの、定期演奏会が昼間なのに3日公演完売!ベルリンフィルでさえ、アバドとかじゃないと売り切れにはならないのに。。。 佐渡さんのお人柄でしょう。団員の私達を見つめる佐渡さんの視線は温かく、オケはファミリーのようで、佐渡さんはパパという感じです。 そして何より、HPACのお客さんは、いつもとてもとても温かい拍手で応援してくれています。 素晴らしい聴衆があってこそ、コンサートは成り立つもの。本当にこのオケの団員になれたことに感謝しています。早速チェンバーの仲間も見つかり、ソロに、チェンバーにオケに、全力投球で頑張ります〜!!! PACオケ、応援宜しくお願いします〜!!! 来週は地域創造の研修で東京♪それから、神戸室内合奏団さんのコンサートにもまた参加させて頂きます♪忙しいけれど、本当に好きな音楽でこうして毎日を過ごせることに幸せを感じております♪ さて、今日は一日オフでジムのプールでがっつり泳いで体をほぐしました♪明日からは、兵庫県の中学生を対象とした”わくわく音楽教室”のコンサートの練習です♪それではまた次回♪
日本に帰国して、新しい場所で、新しい仲間に囲まれて私の第二の人生がスタートしました。
毎日が楽しくて、やらなければならない事も、やりたい事も山積みで、充実しております! オーケストラの仕事が始まるまえになんとかギリギリセーフで免許も取得! 実家に帰った時は、初心者マークで走ってます。 ![]() 車線変更がきらいっ笑 9月1日から兵庫県立芸術文化センター(HPAC)でのお仕事がはじまり、たくさんの素晴らしい人達とまた新たに出会い、みんなでいいコンサートを創り上げていけるのが楽しみです!若手音楽家のオーケストラなので、やる気に満ちあふれたオーケストラ。アットホームな雰囲気でパパ佐渡さん率いるファミリー!って感じです。早速定期演奏会が終わり、東京で題名のない音楽会の収録も終え、帰ってきました♪ オーケストラのメンバーは今年総入れ替えで私も含め、たくさんのニューフェイスがいるわけですが、ヨーロッパ系がほとんどいなくてアメリカ人と日本人が大多数を占めている今年度のメンツ。 ドイツ語が全く通じないので、英語の特訓になります。英語もドイツ語なみに話せるようになりたい。頑張ります〜! デジカメの充電器をなくしてから、あまり写真をとってないですが、また写真アップしていきます〜!それでは、近況報告でした♪
昨晩のお父さんの追悼コンサートは、夢をみているかのようでした。
お父さんがいなくなった事も未だに納得がいかず、信じられないので、昨日一日の出来事もやはり長い夢をみていたような感じです。 友人の言葉にもあったのですが、総勢100人にもなる出演者に加え、いずみホールのスタッフのみなさま、企画・運営してくれた父の友人に生徒さん達、関西のステージマネージャーの方々も勢揃い、楽器の運送に、後援してくださった方々、そしてホールを埋め尽くした、たくさんのお客さん。とにかく、昨日いずみホール内にいた全ての人が皆、本当に素晴らしすぎて、言葉にならない感動の集いとなりました。 そして、これだけの人が集まっているのに、(当たり前ですが)お父さんの姿だけがない事にまた悲しくなってしまいました。 誰よりも、参加したかったであろう、あの人の姿だけがなかった。 でも、きっと皆の見えないところから見守っていてくれたと思います。 初盆もすぎ、お父さんはもう遠い遠い場所まで行ってしまったでしょう。 父とは私がまだチェロをはじめて間もない頃から、よく共演させてもらっていましたが、(今思い返すと許されない。。苦笑)やっと、自分が父と同じ舞台に立っても許されるくらいになったかなと思ったら、いなくなってしまうなんて、と悔しい思いです。 同じように、とはいかないけれど、私なりに精一杯、音楽人生を生きようと思います。 昨日は、人の温かさにまた救われるような気持ちになった、そんな一日でした。 この感謝の気持ちは言葉に表す事のできないものですが、 それでも、ありがとうございました。 ![]() 日本に帰って来てもう3ヶ月半!さすがに一時帰国という気分ではなくなりましたが、ひたすら、目の前の事を成し遂げるのに忙しく、なんだか現実が何なのかわからないまま、ただただ時間だけが流れています。なんて言ってるうちにきっとあっという間に10年くらい経つんだろうなぁ。 日本に帰ってきて、色々決まった事があります。まずは、私が音楽家として、最も価値のある活動だと思い、是非やりたい!と思っていたアウトリーチ活動をマネージメントしてくださる東京の財団、地域創造さんの登録アーティストに選んで頂きました♪(まだ来年のアーティストは掲載されていませんが。。。)それから、9月1日より、兵庫県立芸術文化センターをホームとする、PACオケに入団させて頂きます♪ まずは前者、登録アーティストについてですが、過去のアーティストの方々のリストを見ると、本当にそうそうたる音楽家の方達ばかりで、その中で自分はどこまでやっていけるのか、と少々心配でありますが、自分が一番望んでいた活動。一生懸命やらさせて頂きます!!M(><)M ここでのアウトリーチ活動とは、地域の公共ホール活性化を目的とし、音楽家が色々な地へ出向き、地域の人々と音楽をとして交流を深める、そんな場です。これは、演奏のクォリティも勿論大事ですが、それに加え、人々と音楽の空間を共有するために、プログラムの進行やトークなど、マルチな要素が必要となってきます。OBの方々のプレゼンテーションを拝見させて頂きましたが、一聴衆として、本当に楽しんで聞いて、見ていた自分がいました。 音楽やっててよかった、と純粋に思えました。 これから、音楽を通して色々な地域の人々と出会える事も楽しみですが、素晴らしい音楽家の方達に、素晴らしい財団のスタッフやマネージャーの方々、ありとあらゆる人たちと交流できるのもとても楽しみです♪ まだまだ続く ![]() 日本に帰国してから、すでに一ヶ月近くになります。最後のベルリンでの毎日がとても濃く、よくわからないまま、あっという間に日本に帰国、だったのでなんだかまだ一時帰国のような気分。 日本で心機一転、ブログも新たに開設するはずが、腰が重くって。。。(*-*;) それよりも!実際、腰は重いどころか痛くて大変だったのです。 帰国後すぐにびわ湖ホールのフォルジュルネで演奏させて頂きましたが、その後は3週間ほど、チェロくんとは目も合わせていませんでした。。(苦笑) 原因は色々あります。 疲れもたまっていたのですが、それよりも、腰の痛みがひどくてチェロを弾くどころか、椅子に座ってるのでさえ、辛いくらい重症でした。 もともと、軽い脊柱側湾症で、体が歪んだ上に、チェロの演奏でアンバランスな筋肉の使い方をし、背中を痛めていました。でも、ストレッチと筋トレで解消できていたのですが、半年前にベルリンのジムを解約し、それ以来、家で出来るはずのストレッチや筋トレも怠り気味、そしてチェロをたくさん弾いていたので、悪循環。ついに腰にまで痛みがきてしまいました。 父親もずっとお世話になっていた整形外科さんで診てもらい、4年前のレントゲン写真と見比べると、背骨の曲がり具合は全く変わっていませんでした。アスリートと同じです、と言われました。結論はやっぱりストレッチと筋トレするしかない。てことで、早速リハビリも受けて、腰痛を防ぐためのストレッチを教わりました。 それから、近所のジムにも早速入会。筋トレと水泳で体力づくり、頑張ります!音楽家は体力なしではやっていけない。それにチェロのように力もいる楽器を弾くならなおさら、体力つけないと、音が出ない。でも、近所のジムは設備はいいけれど、私がベルリンで愛用していたマシーンがない!!泣 これは結構ショックでした。横腹と背筋を鍛えるマシーン。といっても、シットアップベンチに傾斜つけたような単純なマシーンなんですけど、通販でも見当たらない。。ドイツにしかないのか。。。 とにかく、水泳で基礎体力をつけ、ストレッチで体をほぐし、筋トレで筋力をつける!時間がとられるけど、私はこれをしないと、きっと音楽家人生危ぶまれるので、やるしかないです。スポーツはもともと好きなので半分趣味にもなってますが、、笑 それから原因の最後はチェロ。もう数ヶ月も前からチェロの鳴りがよくなかったのですが、いつもチェロのせいにしていても仕方ない、チェロが応えてくれなくても、いい音をつくる!と頑張っていたのですが、実際鳴ってない。。。ということで、チェロを診てもらいましたところ、やはり重症でございました。古い楽器は本当に大変です。一週間入院したのち、生まれ変わって手元に帰ってきました!そして、前からの悩みの種だった、ペグも切断してもらい、とっても構えやすくなりました! ドイツではよくペグを切断しているチェリストを見かけたのですが、日本ではあまりないらしく、切断したペグをまわせるように部品は東京から取り寄せ。見た目がちょっと寂しい感じになりましたが、このペグも、私に無理な体勢をさせていて、背中や腰の痛みの原因となっていたかもしれないので、これで様子をみてみます。 何をするにも体が資本!健康で元気でいる事が何よりです。 ドイツ、最後の思い出アルバム こんなに恐ろしい事が起こりうるなんて誰もが想像できなかったと思います。 ドイツにいても、インターネットでUstream配信を見ることが出来、11日以降、何も手がつかず、ニュースにしがみついていました。避難所で過ごしている人達の事を考えると本当に心が痛みます。 命は助かっても家を失ったひと、家族を失ってしまったひと、色々な人がいると思います。そしてこれだけ恐ろしい事が東日本で起こっていても、時間は流れ、世の中は動いているのです。 世の中は止まってはいけないのです。それが現実です。 それでも、無力ながら私達にせめて出来ることを、と友人のアイデアから、チャリティーコンサートを行う事になりました。最初は、大学のホールを借りて、自分たちだけの力で運営するつもりでしたが、やはり演奏家の私達はコンサートの仕組みをわかっているようで、わかっていないものです。コンサートの企画、運営、さらに演奏もする、というのはとても大変な事だと思い知らされました。 結局、大学の方から全面的に協力を得ることとなり、大学の催し物となりました。企画者である私も含め、友人達と、大学の音楽学部長やマネージメント、マーケティングの方達と会議を重ね、いいコンサートになるよう話し合いました。ベルリン芸大の大ホールを使い、スタンウェイ社の協力も得、ベルリン・ブランデンブルク放送局も招いての大規模なコンサートになりそうです。集客も期待できそうで、たくさんの募金が集まる事を願っています。勿論、日本人として、個人で募金をする事も大切だとは思いますが、それには限界があります。(お金持ちの人にいっぱい募金してもらいたいよね、と友人と話していました、、笑)それでも、ちりも積もれば山となる。個人が皆、少しずつ募金して、それから、私達音楽家がコンサートをし、いい音楽を提供し、そしてお客さんがコンサート代の代わりに少しでも募金をする。これが世界中で行われているとすれば、大変大きな助けになるのではないでしょうか。 現に至るところでチャリティーコンサートが企画されています。大学のコンサートは4月15日(近日詳細を載せます)ですが、ドイツ人の友人がもう一つ企画してくれるので、4月3日には私のトリオのメンバーにコントラバスの友人も交えて、教会でもチャリティーコンサートをします。 完全帰国を目前として、とても忙しくなりそうですが、精一杯頑張ります! 皆で力を合わせて頑張れば、いつかきっとまた幸せが訪れるはず。 明るい未来を信じて頑張りましょう。 ベルリン今更ツアー(ベルリンに住んでいながら行った事のない所を巡るツアー)を帰国前に実現したかったのですが、この分だと時間がなくて出来ないまま終わってしまいそうです。。。とほほ。それでも、私の第二の故郷、フライブルクには絶対行かなければ! 日本へ帰るまでもう数週間です。まだこっちで生活しているというのに日に日に、ドイツの全てのものが恋しく感じます。電車の窓からのベルリンの風景も、安くて美味しいビールも、静かな日曜日も、そしてベルリンの酔っぱらい達までもが、すでに恋しい。 こんなんで日本に帰って大丈夫なのか、と思いますが、きっと私の事だから、日本に帰ったら、もうドイツの事を忘れているかもしれません。笑 大抵、大騒ぎして周りに心配かけて、次の日になると、本人が忘れて一番けろっとしている、というパターンがおおかったので、皆様、どうかご心配なく。。笑 そんなわけで、チャリティーコンサートの準備、頑張ります! 大変ご無沙汰しておりました〜!久々の更新、そしてご報告です♪ ![]() 2月5日にベルリンでピアノトリオのリサイタルをしました♪エイヴァンとユージンと。 ドイツでの8年間の勉強を終え、日本に完全帰国する事になりました。お父さんの事も考えるきっかけとなりましたが、自分の将来を考えた末の答えです。 18歳の時に渡独し、現在に至るまでの8年間、今までの人生で一番濃い時間をドイツで過ごしました。あまりにもたくさんの人々と出会ってしまい、あまりにもたくさんの素敵な思い出があるので、ドイツを去るのは私にとって、次に乗り越えなければならない大きな大きな壁です。日本での新生活を考えると心がわくわくするのですが、ドイツを去る事を考えては、苦しんで、の毎日です。2月5日にはベルリンでピアノトリオのリサイタルがありました。大好きな二人との最後のリサイタル。メンバーと解散するのは本当に辛い。それでも、ドイツ生活の終止符として、最高のメンバーと共に素晴らしい先生の元で勉強し、ベルリンでリサイタルが出来た事は私にとって最高に幸せな思い出となりました。私のベルリンの友人や知り合いが皆、聞きに来てくれました。本当にたくさんの友人達に囲まれたコンサートはなんだか私の卒業式のようでした。 ![]() 100人程度が定員のアトリエでのコンサートだったので、人が溢れかえってしまい、ピアノの下にまで人が。。 思い起こせば2003年のこと、留学当初は明日の事すら考えずに、ひたすら猛突進する勢いでその瞬間を懸命に生きていました。あの頃は26歳の自分の事なんて想像すらした事がありませんでした。語学の勉強にチェロの練習に夢中になり、気がつけば、もう8年も勉強をしていました。まだまだ勉強したい。なんて、未熟な私は学生でなくなるのが少し不安ですが、これからは一人の音楽家として社会に出ていかなければならない。家族の近くで、母国で、自分の出来ることを少しずつ見つけていきたいと思います。日本の皆様にはこれからうんとご迷惑おかけするかと思います。まだまだ未熟な私でありますが、何卒宜しくお願いいたします。 ![]() リサイタル 思い出アルバム
長らく更新がなく、ご心配おかけしました~。
あれからもう三ヶ月が過ぎました。普段の生活に戻り、私は元気にやっています。 9月の出来事がやはり、夢であったような気がしてならず、お父さんがこの世にいないという事を信じる事が出来ません。周りからお供えのお花を頂く度に、やはり現実なのだ、と痛感しています。 11月にはお父さんの誕生日だったりで、お父さんのドイツ人の友人達からまたメッセージをいただいたり、色々な父を知る人とまたお話しする機会がありました。 あの事故さえなければ、今年の誕生日も大好きなドイツのフランケンワインと黒パンでお母さんとひっそりと祝っていたんだろうな。 留学時代のドイツ仲間とのつながりが強く、周りの人はよく、お父さんは何年もドイツで暮らしていたと思う人が多いようですが、実際二年くらいだったのかな。昔から毎日を人の何倍もの濃さで生きていたようで、お父さんのそのパワフルな姿はドイツでも誰もが忘れられないよう。ドイツに留学した時も、お父さんのドイツの恩師であるクラウス先生はクラスの生徒達に日本からすごいやつがくるぞ。と言ってクラスの皆は脅されたと聞きました。同門だったBさんはお父さんの鬼のような自分への厳しさをみて、大変影響を受けたと仰っていました。 一人、川に飛び込んで泳いでいたり、月曜日から金曜日は語学学校とコントラバスの練習に闘魂し、土日は丸々2日間、ビクともしないで岩のように寝ていたそうで、そんな普通ではないお父さんのドイツ時代のエピソードを聞いて、びっくりしました。 私にとっては、コントラバスを弾く、ただのお父さん。当たり前のお父さん。どの家庭にもこんなお父さんがいるものだと思っていました。亡くなってから初めて、色々な方達とお話をする機会があり、尋常ではなかったあの人の生き方にただただ呆気にとられました。 その1秒たりとも気をぬかなかった人生は、死ぬ直前まで続いていました。50過ぎても、遠くから見ると若者が歩いているように見えた、とよく言われていましたが、とある新聞記者さんがお父さんにその若さの秘訣を尋ねると、お父さんは歩く時はインナーマッスルを鍛えながら歩いていたそうです。座りながら居眠りしているのかと思えば、瞑想をしていたそうです。 厳しい父親(私の祖父)に反対され続けながらもコントラバスを弾き続け、自分には鬼のように厳しく生きてきたお父さんだけど、その反動か娘の私をちょっと甘やかしすぎたのではないかなと思います。 お父さんは思い返してみると本当に不思議な存在でした。 お父さんの人生を変えた高校でのコントラバスとの出会い。その高校時代の友人の方達が書いてくださった雑誌の追悼記事が先日送られてきました。そこでその友人の方達と楽しそうに演奏している数年前の写真の横には世界一流のプレーヤーとアマチュアアンサンブル。と書いてありました。お父さんにとっては子供も大人も、プロもアマチュアも関係ない、とにかく、相手の目線に合わせてその人と会話をするのが得意な人でした。娘の私には私に合わせた目線。だから、おっちょこちょいなお父さんしか見えてなくて、いつも、”も~お父さん!”なんてつっこんでばかりでした。。どれほどの偉大な人間であったかという事には気づかずに。 そして、お父さんはどんな人間でも、その人のいい所をすぐに見つけてしまう才能がありました。 涙もろいお父さんは他人の小さな悲しい出来事にも密かに涙していました。 そんなお父さんの血を唯一受け継いだうちの一人である私だけど、 一生お父さんのような人間にはなれない、どんなに頑張っても足下にも及ばないだろうと思いました。 この三ヶ月、私は神を恨んだり、悪夢から抜け出せぬ思いでいたけれど、色々思い返してみて今ではむしろ、お父さんがいた空間こそが長い夢か幻だったような、そんな気持ちです。 死。それは遅かれ早かれ誰もが経験しなければならない事で、残酷ながらも時間が解決するものではない、という事も実感しています。これは発病した人もそうでしょう。病気になった人はその病気をどう受け止めるか。神様や周りのせいになんて出来ないし、その先の人生、時間を自分のためにどう過ごすか。 意外と?現実的な私は神や霊といったスピリチュアルな存在なんて信じていなかったけど、お父さんが亡くなる前に、不思議な事がたくさん起こっていました。こないだまではそんな事思い返す余裕もなかったけれど、死の意味について深く考えてきた最近、思い返してみれば思い返すほど、その不思議な偶然が重なって父の死があったように思います。 前回、私が最後にお父さんと過ごした一時帰国の春、生涯で最初で最後となった、父と娘のデュオリサイタルがありました。そして私がベルリンに戻る日、忙しくていつもなら絶対に来れないお父さん、その日だけ仕事の都合で空港まで見送りにきてくれました。そしてなぜか私と写真を撮りたがったお父さん。機内に入ったら寝る用意万端の格好だった私はふくれた顔でお父さんと最後に写真をとりました。ぶれてて結局私の顔はあまりよくうつってなかった。笑 その日がお父さんを見た最後の日となりました。 何十年も、お父さんとお母さんが一緒に晩ご飯を食べない事はほとんどなかった。出張の時も楽器の運搬のためにお母さんは付き添っていたし。でも、ここ一年くらいは、愛知県芸のレッスンのため、名古屋泊まりが多く、お母さんが一人で過ごす日がたくさんありました。お母さんが一人で生きていくための訓練だったかのよう。 そして、お父さんが旅立ったのは、車を止めてあった所まで山をほとんど下りきった危険の少ない、なだらかで美しいブナ林が広がる山道だったそうです、転倒しただけで二度と起き上がってきませんでした。父とその山をよく知る方はあれ以来、その場所へ何度も足を運ばれているそうです。そしてそのブナ林で起こった不思議な父の死について考えられているそうです。 誰よりも若く、元気で生命力も人一倍あったような人が転んだだけで亡くなってしまいました。 この世とかあの世とか、って何なんだろうって思う。 実はあの世の方がもっとハイテクで、この世に生きてる私達はあの世から馬鹿にされてるかもしれない。 あの世からしてみれば、この世の人生なんてあっという間もないくらい短いかもしれない。 なんて現実的な私も色んなあの世の妄想してみたり。。。 あの世に行きたい、とか思ってしまう人って、あの世の方がいい世界かもしれないとか妄想しちゃうのかな。私はお父さんに会いたいとは思っても、この世でやりたいこともまだまだいっぱいあるから、生きれるまでこの世で精一杯生きよう。 ベルリンに暮らして、丸四年が過ぎました。フライブルクにいた時間と同じだけもうベルリンにいるなんて信じられないです。4年もたつと、生活の基盤が完全に出来、多くの知り合いや友達にも恵まれ、色々なお仕事させてもらったりと、忙しくなってきました。最近はベルリン芸大で組んでいるピアノトリオだけでなく、他にもたくさん室内楽をする機会に恵まれ、充実した日々を送っております。 2010年、私にとって、大きな人生の区切りとなりました。いつかはやってきたであろうこの不幸がこんなにも早く、幸せいっぱい感じていた自分に起こるとは思いもしませんでした。 2011年、私達家族にどうか幸せが訪れますように。 そして皆様にとっても、健康で幸せな2011年となりますように。 < 前のページ次のページ >
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